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2020年11月14日

アケゲーを続ける、という事自体の話

 今回は、ゲームセンターでゲームを攻略していく事、それ自体の事や考え方について書き残しておきたいと思う。

 どこぞの某画像掲示板のサイトの所のゲーセンスレで、最近、関東の有名店関係が閉店とか閉店予定とかそういう話が盛んにやり取りされてる。もう何年も前から先行きヤバそうなアトモスフィアが漂っていたが、新型コロナで死亡に半歩どころか全足突っ込んだ状況だそうで、うん、まぁ、そうなるわなぁ、って感じです。

 何だろう、家庭用ゲーム機だのスマホ無料ゲーだのがあったとしても、個人的にはゲーセンにあるゲームをヤるというのは、それ相応の価値観の前提で自分の意思で行ってレゲーだろうとプライズゲーだろうと何でもいい、その空間に居てゲーム好きの知らん奴や顔見知りに混じって自分の楽しみたい様にやって過ごす、そういう時間に浸るという行為に没入する場所、なんだよね。


 賭けとかそういうのじゃない、自分が何か利益を得る為にではない、別の価値観や他者の概念的な一風変わった表現性を読み取る場所だったんだな、ゲームに使われている世界観やら、歌じゃない音楽やら、キャラクターの位置付けやら性格やら他との関係性やら、そういうこれといって明確に説明されていない部分に、作り手の感性やらセンスを知りたいっていう、そういうのが楽しいよなってのを見つけたり気付いたりする時に、こう、ああ、こういうのだよ、こういうのに関われるのが、楽しいんだよ、ゲームってのは。ってなる。

 ゲームの見掛けが凄いからそうなるんじゃないんだな、こればっかりは、ビジュアル的なモノというのは一側面にしか過ぎないんよ、総合的に読み取ってある時点で「これは、」っていう予感が来る、それまでに他の部分で不満点が見つかっていたとしてもまだ続ける、で、色々と解って来ると、「それ、わかる」ってなって気に入ってしまう、たとえゲーム攻略的に自分が最期まで至らない結果になってしまっていたとしても、それでもまぁヨシ、ってなる。そういうのを得る機会の場所でもあった。


 ・・・何書いてるんだろうな、ゲーセンで一回100円のゲームをやるっていう奇特な事をやり続ける、そのモチベーションを維持していけたのがそれで、何回もやって難しい場所をノーミスで越えていく方法を見付けて実践して、一回で長く楽しめる手段を確立していって、ある意味で謎解きに近いモノを続けていけた場合、ゲームの攻略というのは、モノによっては数ヶ月から数年単位で考えていく必要があるケースも有り得ると気付いてくる訳で、ALLクリアを達成したとしても攻略を煮詰めてまだ続けたりする。

 結果としてその一つのゲームに数千円を消費する羽目になる場合もまぁ少なくない、そして、別の都道府県に行っても同じゲームの同じバージョンなら同じ攻略が通用するため、その攻略の情報がネットなどの情報伝達手段によって、真偽や程度の違いはあれども赤の他人の誰かと共用して活用できるし、程度によってその情報を基に価値観の相違から対立する場合も起こる。

 自分の場合は、スパ2Xが正にソレだった。

 何年もスパンを掛けて同じタイトルを遊び続ける行為に見合うゲームというのは在る、それをするに相応な中身が伴わなっていないと続けられないが、それを行えるキャパシティは確かにあったんだよね、とことん知り尽くして試し尽くしてやり切らないと自分の中で決着が着かない、囲碁や将棋やチェスのような新しいカタチの対戦ツールとして、攻略を確立して真価をブログに書き残せるような作品だったし、他にも優れた対戦ゲームやSTGやそういう作品がある、多種多様なプレイヤーが居る分だけそれぞれのアプローチでその成果を動画や文章で残している人達が、それそれのやり方で広めていた。


 だが、結局それは店の都合と客という金銭を払う側の勝手な盛り上がりに過ぎん、ゲームを作るメーカー側にとっては金蔓が調子こいてマヌケ腐って勝手に宣伝する程度のものであって、ニーズを推し量る只の指標で終っている。

 どれとは言わんが、何年はおろか一ヶ月すら満足にやり続けられない出来のゲームが今まで死ぬほど出回っている現実があって、その腐れ怠慢がカモらせる側をコケにしまくった果てにゲーセンの経営を圧迫する羽目になってたりする、そしてその不満に対するバージョンアップというモノがズレた認識と価値観によって見当違いな方向性で調整されてリリースされる、ただひたすら難しいだけで柔軟性も工夫も不可能な代物が新製品として突如として目の前に現れる訳です。

 そのクソさを圧してなお面白いゲーにする余地を遊ぶ側は一応試してみるものなんだけど、まぁそういうのは徒労に終る、で、以前のバージョンでやり込んでいた人も辞めて離れていってしまい、金銭も回収できず店に負担を強いて出来の悪い商品が相手にされず放置された光景が広がる事となる。
 それが新型コロナ流行前のゲーセン事情で、ガンダムゲーやら課金ゲーやら何かややこしい新作ゲーが目立ってたアレが、今はコロナでその歴史的役割に終止符を打つ状況となっていってしまっている。

 
 ・・・それでもね、今はもうゲーセンに行けなくなった現環境であれこれ憂いていても、他人事であり何の関りようもない立場の奴なんだけどね、何でこんな事になってんだとか、何かこの事態を耐え切る方法があったのではないかなとか思ってしまうんですよ。
 まぁ何も出来ないけどね。

 攻略の共有化って、面白いんだよ、ゲーセンの中でやってるだけじゃなく、それ以外の場所でそれをネタに他者と関わる契機となる、考え方の多様性やら程度の上下で出来る出来ないの違いが発生する部分を、どうやって他者に理解されて同じ事が可能になるように伝えるかっていう、そこに別の攻略がある、それによって面白さを共有できるんだ、そこが楽しい。

 コンシューマー機やスマホなどの携帯機のゲームで、そういうのって有るのかね、やっていないから解らんけど、そういう情報に関しては課金はっかりでゲーム自体のシステムのそれで語られているのは見た事が無い。
 ネットゲームで専用のネット対戦に関しては色々あるのは知っているし実際に熱心に動画視聴していたりもしているが、実際問題として自分が実際にやって攻略を書きたい程のものではないので、何とも言えない。

 ゲーセンがこのまま淘汰されるのは、果たして当然の事なのかは判断しかねる、ただ、新規参入の客層が見込めるような構成ではないのは確かで、新作ゲームそれ自体に魅力があるのかどうかも疑わしい、まぁ、トドメを刺すのは金銭を払うカモ共でもなければ悲惨なゲーセン経営者でもないのは、確かだ。

 でもゲーセンの存在意義そのものを軽視して、家庭用やら携帯機器で稼ぐ経営に重きを置いている現状でそれが最善としているならそれも良しなんだろう。
 予言すると、その閉塞したコミュニティの行き着く先は窒息死しか無い、少なくとも受け手に情報交換の場を必要としない世界には、それの評価は売り上げと評価レビューのそれからしか作品の判断方法が存在せず、そしてそれらは幾らでも改竄して懇意な印象操作によって実態を不透明化させる構図を作り上げる、それは受け手に真っ当な情報を与えない事を意味し、それはやがて新しい作品や作成したメーカーへの不信へとネガティブを水面下で膨張させるだろう。
 ゲーム動画? 新作は動画配信を禁止にするんだよ。

 その時、どうするかな、今までのケースからして、そうなるのは見えてるんだよね、ゲーム大会の賞金が欲しければまず会社にライセンス料を払え、が当然でまかり通っている業界だ、喰いモノにする事しか考えない拝金主義の体質が作り出す世界で淘汰される側だと実感すれば、金をゴミクズにするのが趣味の連中以外は離れるよ、そして戻らない、多分ね、それでもバカは一定数居るので続けていても収益は得られるだろうけど、何時かは目覚めるんじやないの、知らんけどな。


 そうなった頃のゲーセンとアケゲーはどうなっているのかは知らん、ただ、懐古主義が慣れ合う場所やコミュニティにはならないでほしくはある、ゲームは何時だって楽しむ為にあるモノなんだから、それが解ってる奴が一定数いればいいんだ。
 オチなんて無い。
 強いて言えば、スパ2Xの対戦が出来る環境が残っていてさえすればイイな、くらいか。


posted by p.n ゴー at 20:08| Comment(0) | ゲームの話・色々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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