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2020年12月01日

スパUX 抽象的に思考して対戦する話

 抽象とは、多くの物や事柄や具体的な概念から、それらの範囲の全部に共通な属性を抜き出し、これを一般的な概念としてとらえるさま。

 観念的とは、具体的現実を離れて、(抽象的に)頭の中だけで考えるさま。

 概念的とは、個個の物・事の特殊性を問題にしないで、それらの類の概念を取り扱う態度であること。多くは、具体的でない見方であること。


 ・・・今回は、対戦格闘ゲームの駆け引きに対して、どういう考え方を頭の中で組み立ててプレイをするか、っていう部分を自分のケースを例にして書いていきたいと思う。
 簡単に言って、「感情や言葉で考えるのを忘れて、抽象的な感覚だけで思考して動く」ことで、タコミスや凡ミスを極力減らして処理していって、良い結果を出すプレイスタイルを指す。

 以前から、出来る事と出来ない事、解る奴と解らん奴の差があるのは承知していて、その差を越える方法や考え方を何で明文化して伝えても理解されないのかが、どうにも判明しなかったのだが、何か考え方の組み立て方自体が 出来ない側と出来る側で違いがあるらしいのに気付いたので、それについての見解を書いていきます。



 人には、言葉で理屈立てて処理して説明する考え方と、対象を観念・概念で捉えて抽象的な感覚だけで思考して処理して結果を出す、という2つの回答方法を持っている。
 ゲームで良い結果を出す事を目標とした場合、上述の後者の考え方でプレイしていく必要があって、前者ではプレイ後の結果を分析する方向性でしか役に立たない。
 それでネックになるのは、観念で処理する時に動揺や恐れといった感情が混じると、実際の処理の邪魔になって予期しない失敗を招いてしまう所にある。
 常に平静で冷静な状態が基本の中で、そういう感情が挟まると動揺する、動揺すると何をどうやっていく方が良いのかを考えるのに、ブレやノイズが生じる様になって処理が遅くなってしまう。
 そういう失敗の原因になる、ブレやノイズを頭から排除する方法を考えた場合、抽象的な感覚だけで集中して思考して処理して動くと、そうでない場合と較べて判断が速くなる。ただこれはその状態に慣れ続ける事をしないといけない。

 これを行い続けると、達成感はあれども、喜びや感動という情が全く湧かない気分になるため、楽しむ感覚がねじれの位置に行ってしまう。無味乾燥に淡々と続けてお前は何を感じる為にゲームやってんだとなるのだが、そんな鬱に近い気分でやっている方が実際に好ましい結果が出せるのだから、仕方ないね。

 この抽象思考は、パズルなどを解く時や、他者の文章を素早く要約して意図や心理を読み解く時の状態に近い。
 対象のパターンを読み取って状況把握と目的を洞察したら、それと自分の取れるパターンや手法と組み合わせて、自分が有利になる噛み合わせと結果になる様に、状況に干渉していく。

 感覚と抽象的観念だけで処理していく事で、具体的な考え方で判断するよりも素早く効果的な方法を出せる、攻め方の中の弾撃ちと歩きと跳び込みの3択を、A−1or2or3と単純な文字と記号で捉えるようなもので、ある特定の動きの初動のグラフィックを観る時にGとかKという記号として扱って、そのタイミングがいつ来るのかを予見できた場合に自分の側はLやWを「合わせる」と用意して、その前に相手がA−1or2の後にGとかKをし易いかまで読んで、実際にどう動くのか予測とズレがあるか定石を知っているかまで、色々と洞察して抽象思考をし続けていく。それを行うと、一度に処理できる量を増やしていける様になる。

 それに慣れ続けていると、頭の中で記号や絵ですらなくなる感覚で処理するようになる。
 洞察は「概念」を読み取れれば言葉や文章は必要無い、概念は後で言葉や文章で形容して説明できるが、逆に言葉や文章を概念で形容して説明するのは難しい、複雑に混じった観念・概念を直接表現する手段は無く、言葉や文章は間接表現であって抽象思考のロジックを伝える為の共通言語は存在しない、抽象的な感覚だけで思考して動く行為は非常に主観的な活動なので、自己の思考の手順を客観視して表現する事が難しく、また、その意義に価値を見出さない、自分のやり方で手法を組み立てて実践するしかないから、なんだな。


 この、「合わせ」と「抽象思考」というのは、武術で言う「居合い」やガンマンの「早撃ち」を行う為の基礎に近い。
 極限までブレやノイズを排除した最速最短の動作を基礎にして、その基礎を前提にその前兆や機先を制する為に、動作や思考そのものの先手を取って「合わせ」を行う、先の先などを実践した時の状態に似ている。
 「先の先」の意味を検索して、先、先の先、先々の先、後の先、の意味を読んで何となく理解しておこう。

 対戦格闘ゲームで、これを、やるんです。

 スパ2Xは当然として、ZERO3、デッドオアアライブ1、カプエス1にはコレを実践する土壌はあった。
 餓狼伝説スペシャル、VF2.1、バーチャロンオラタン5.2は、かなり惜しい所まで行っていたけど、細部を煮詰めるには技のレパートリーと噛み合わせのバランスが悪くて調整不足、他の対戦モノは自分が語るべきではないので省略する。

 ガンダム連ジDXやそのシリーズ物は、カプコン開発だった頃のものしか知らないのだが、駆け引きは簡素だったが良い線を行っていた、どちらかと言うとポジションゲーに近く、攻撃よりも特殊移動系でバリエーションを追加されてあった方が戦略の幅が増えていたと思う。射撃ボタンで構えから、実際に自動で撃つか、撃つ前に特殊移動系でキャンセルして攻め込みや回避の2択、という事が可能ならまだ駆け引きの幅が増えて色々できただろうけど、もう今は昔の話でしかない。


 閑話休題、で、対戦で「先の先」をやるには、ゲーム自体にその手法が通用する土壌が無いと駆け引きとして成立しない。
 スパ2Xにだけ絞ると、ゲーム進行の処理を縮めて密度と入力レスポンスを高めているため、そういう事が普通のゲームの1Fよりも反映され易く出来ているので通用する。
 後は自分次第で何とでもなる、実際に出来るかどうかは他人次第だ、自分なりの手法でやっていくしかない。





 ・・・ここからは余談。

 駆け引きが乏しいもの、技や移動の動作が粗いもの、大味で大雑把な事しか出来ないもの、技の種類と用途が限られているもの、必要な技や動作が欠落しているものは、極端な読みしか出来ず次第に対戦として成立しないレベルの優劣が発生してしまう。
 そういうのは詰むので、攻略が進むと面白い事を目指す連中は辞めてしまい、下らん奴が目先の勝負に終始するようになった後には、誰も触りもしないゲームとなって自然淘汰される。
 そして攻略の蓄積が続くと、新作ゲームであっても悪しき前例から新作の攻略の伸びしろがある程度まで事前に察して、限界が読めるようになる。
 読めて劣ったと判断されれば最初から相手にしない、そこには金銭と時間の無駄が横たわった穴としか認識されない、それは誰にとっても不幸と言える。

 昔、必死ぶっこいて金銭と時間を費やしたゲームを、今、その情熱を再びそれに注ぎ込めるのか? となった場合、何が決め手になるだろうか。
 過去では出来なかった事を試すか、知らなかった事を調べ直してみるのか、色々あると思うが、大体が知見を深めたいっていう部分で共通しているだろう。

 逆に、もういいやとなった場合、どんな理由があるだろうか、それは大体はっきりしている、もう限界が見えているからリハビリすらしたくない、だろう。
 限界が見えている、ゲームの構成からか、自分の限界が見えているからか、まぁどちらでもいい、重要なのは、長年やってきた奴が辞めたっていう事実だ。そこがそのゲームの寿命、何もかも知り尽くして嫌と言うほどやり続ける位の奴が辞める、それ以下の奴はもっと早く辞める、そこが限界点。

 でもな、限界が見えていてもなお続けたいゲームというのは実際あるんだ、そういう波長が合った奴は、ゲームの寿命の限界を伸ばす攻略をする、そういう楽しみ方が実際にあるんだな。
 自分にとっては、スパ2Xがソレだった。

 どんなモノにだって、とことんまで突き詰めて、自分に決着を着けないと気が済まんって奴は、多分この世の中に沢山居るよ、間違い無く、お互い楽しもうぜ。

posted by p.n ゴー at 00:19| Comment(0) |  スパUX 対戦攻略 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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